本文へ移動

MENU

提言「装具格差(装具支援格差)」 ~装具不適合や放置の問題により生活に支障が起きている装具使用者をなくしたい~

公開日 2023年06月03日

更新日 2023年06月16日

要旨

 

 近年、「装具難民」という言葉によって、装具のフォローが行き届かない装具使用者の存在が医師、セラピスト、義肢装具士の間で話題になり様々な議論が行われ、装具使用者の環境改善のために取り組みが行われるようになりました。
 その中で、「装具難民」という言葉の使用に異議も現れてまいりました。「装具難民」はそもそも私たち医療や福祉の従事者の支援が不足してることにより起きている問題で、加害者的な立場から使用する言葉ではないという意見や、『難民は、人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するという理由で、自国にいると迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れ、国際的保護を必要とする人々と定義されています』(国連UNHCR協会ホームページより引用https://www.japanforunhcr.org/refugee-facts/what-is-a-refugee)など、世界の紛争により、命の危機に面している人々が拡大している中、「難民」という言葉自体をカジュアルに使うことへの抵抗を感じるという意見などが聞かれるようになりました。
 以上のことから、この装具を取り巻く不自由な環境を的確に示す新たな言葉が必要となりました。
 そこで今回、「装具格差(装具支援格差)」という言葉を提案させていただきました。
装具格差には様々な要因があり、個人因子(移動能力、認知能力、コミュニケーション能力や経済力、他)、家族など生活環境、医療や福祉の従事者の認識、義肢装具士の対応力問題、地域の違いにより更生用装具の製作、修理にかかわる手続きの煩雑さや容易さ、不便さの違い、その他にもさまざまなことが考えられます。それらを一度整理してみたところ、制度的問題が解消される必要を感じたとともに、本人や取り巻く家族をはじめ支援者、医療や福祉の従事者、義肢装具士の認識や、装具使用者が更生用装具の制度を知る機会を増やすなど改善していくことの重要性も見えてきました。

 

1.はじめに

 

 装具使用者の中には、定期的に修理や調整、再製作などを行い、日常生活を快適に過ごす障がい者がおられる一方で、同じ装具使用者であっても“自分の意思とは無関係に”装具の調整、修理、再作製、見直しをおこなわず、歩行や立位保持に困難をきたし、危険な状態のまま過ごしている障がい者がおられます。後者は身体能力が衰えたり、関節に拘縮などの変形をきたしたりして、病院の入院加療中に獲得した運動能力の維持や向上をできずにいる実態があります。

 同じ装具使用者でも、装具に関する支援を受けられる人と、そうでない人では、生活に格差が生まれてしまいます。

これを「装具格差(装具支援格差)」と定義致します。

 

では「装具格差」は、どうして生まれてしまうのでしょうか。

下肢に運動麻痺が生じた患者の多くは、入院加療中に下肢装具を製作し歩行練習を行い退院します。その時点で獲得する運動能力には、「やっとの思いで車いすからベッドやトイレへの移乗動作ができるレベル」から、「杖なしで独歩できるレベル」まで様々です。入院中に獲得した歩行や立位は適切な装具に対する支援(装具の調整、修理、再作製、見直し)によって、生活を維持していくことが可能となります。

 しかし、望ましい装具のフォローを受けられず、または装具を放置している状況に問題意識を持たずにいることで、装具の使用方法が不適切であったり、使用を控えてしまったり、装具に不具合を抱えてしまうと、獲得した運動能力の維持や向上に支障をきたしてしまうのです。

2.「装具格差」が起こる原因を考える

 装具格差の原因には様々な要素が考えられます。

(ア)    個人因子による運動能力、セルフケア能力、コミュニケーション能力によるもの

•   脳卒中を発症した人の中には高次脳機能障害が後遺症として残る人も多くおられます。そのことにより自分の身体能力に対しての評価が難しく、装具が自分の身体や麻痺の状態に適しているかわからない人もおられます。日常生活に困っていないので放置してしまい、問題発覚に時間が経過して装具が使えなくなるほど壊れ、不適切な状態になってしまう人も少なくないようです。もしも、その不適切な状態に気が付くことができたとしても高次脳機能障害により、複雑な手続きが苦手であったり、関係機関に電話をかけて相談するなど自分で的確な再製作などのプロセスを行うことが難しかったりする場合もあります 。
 歩行など運動能力の問題もあります。自分で歩いて移動できる人と、サポートを必要とする人では病院や福祉事務所、更生相談所、補装具製作会社に行くことの容易さも異なるのです。電車やバスなど公共の交通手段が利用できるか否かも格差の原因となるのです。

(イ)    本人やサポートする人(家族など)の有する、または入手できる装具に対する知識によるもの

• 装具を修理したいが相談先が分からない、装具を新しく作りたいがその方法が分からない、そもそも“更生用装具”を知らなかったという人に頻繁に出会います。そうした人は、しばしば5年から10年、もっと長期にわたりメンテナンスを行っていない状況が見られます。特にインターネットを使用していない高齢の人は、解決手段を検索できず地域の装具フォローをしてくれる病院や補装具製作会社がわからないことも装具の放置につながっている印象です。

(ウ)    本人を取り巻くサポートする人の(申請や予約するなど、行動力や移動支援力)の違いによるもの

• 老老介護など頼れる身寄りがいない場合、移動の自由が無く更生相談所まで行くことができません。車を所持している家族や親せきがいる場合と、いない場合では大きな格差が生まれています。

(エ)    サポートする医療、介護、リハビリ従事者の知識の不足や認識の違いにより起こるのも

• 病院を退院し生活の中でサポートを提供する医療、介護、リハビリ従事者の教育の場に装具のメンテナンスや再製作について知識を学ぶ機会は、稀です。リハビリテーション専門医や整形外科医、理学療法士は一定の知識を有しておりますが、その恩恵を受けられるのはわずかな人と感じております。装具の必要性や正しい装着方法の指導を受けたり、所持している装具が自身の身体や麻痺の状態に適しているかの評価を受けたり、また歩行を評価してもらえたりする人は、わずかではないでしょうか。
 介護従事者が不適合(装具が当たって怪我をしている。装具が壊れている)を確認し、病院や補装具製作会社に繋げてくださるか否かでは大きな格差を生んでしまうと感じております。何年もの間、故障したままの装具を使用している人が多く見られますので、病院の定期診察の際に装具の適合や適切な使用方法を見てもらえている人は多くないと心配されます。
 また、治療用装具使用者が更生用装具を製作したいと考えても、障害者手帳の取得からはじめなければならないケースもあり、そのためにケアマネジャーさんが段取りをサポートしてくださった経験がありました。修理が必要になった際に、ケアマネジャーさんや理学療法士さんが装具を補装具製作会社まで届けていただき修理を行ったケースなども何度もありました。このようにサポートを必要とする装具使用者は多くおられるのです。

(オ)    義肢装具士のフォロー体制の違いによるもの

• 補装具製作会社側の対応にも問題があります。装具の専門家は義肢装具士であるにも関わらず、装具使用者が「誰にも相談できない」、「誰にもサポートしてもらえない」と考えている人も多いのです。病院での入院加療中に治療用装具製作の際にメンテナンスや再作製(更生用装具について)の情報を提供していない、もしくは、しているが活かされていない可能性もあります。
 装具にトラブルが起こった時にも、義肢装具士が訪問してくれる地域と、訪問してもらえない地域があったり、新規装具製作の際に更生相談所の判定に義肢装具士の同席が必要なことで経営的に難しく企業として積極的になれなかったりする地域もありえます。

(カ)    義肢装具士の知識や技術の差によりおこるもの

• 麻痺の状態に適さない装具を提供したために、歩容が悪化して歩けなくなってしまう人も見受けます。使用者はそのことに気が付かず、時間が経過してしまい不可逆的な関節変形を起こしているケースも少なくございません。

(キ)    更生装具製作手続きの容易さが自治体の違いによって変わることも

• 更生用装具が製作しやすい地域と製作しにくい地域がございます。専門医が装具使用者を評価し記載した評価表を基に書類判定が行える地域がある一方で、直接判定(特定の指定会場へ行く必要がある)しか認められない地域もございます。移動が困難な装具使用者にとっては、非常に高い壁となりうるのです。
 さらに指定会場で行われる更生用装具機能などを決める最初の判定日や製作途中での仮合わせ判定日に製作予定の補装具製作会社の義肢装具士が同行をする必要がある自治体があります。
 補装具製作会社へは、国家資格である義肢装具士が専門職の業務としての判定同席を義務とされているにも関わらず、一切の報酬が支払われない状態です。そのための長い拘束時間に対しての人件費や交通費はすべて企業負担となるため、判定を必要とする装具製作に積極的になれない事情があるのです。

(ク)    福祉事務所や更生相談所などの仕組みやルールに改善が必要なもの

• 福祉事務所や更生相談所から発信する更生用装具についての情報を増やしていく必要があると思います。現在、地域によっては周知活動に取り組まれている自治体もあれば、“無い”もしくは“知られていない”に等しい自治体もあります。
 装具製作時に身体の変形に対し柔軟に対応して項目(装具の構成要素)の変更(踵の補高など)許可を認める地域と再度直接判定からやり直さねばならない地域があり、その対応の違いにより更生用装具の製作のしやすさに差が生まれています。製作会社の負担も大きく変わるからです。
 装具の修理に対する対応も自治体により様々です。装具修理費支給決定前でも修理の先行の許可を得られる地域と装具使用者が修理申請書類の提出をして、義肢装具士が装具を確認して見積もりを作成、提出した後、判定が下りるまでに一定の期間を要し、許可が下りたことを確認し、その後に修理をしなければならない地域があり、後者では予備の装具が無い場合は修理完了までの間、歩行困難者になってしまうのです。
 また、装具が破損や消耗して修理できないことを条件に再支給の許可をする対応(古い装具が予備としても使用できない)に対し、耐用年数(短下肢装具硬性の「支柱なし」は1.5年、「支柱あり」は3年など、それぞれの装具に定められております)を基準に再作製を許可する対応(古くとも使用できる予備の装具が所持可能な状態)の自治体もございます。生活の安全確保の面でも格差が生まれるといっても過言ではありません。

(ケ)    更生相談所や装具に対応できる医療機関、補装具製作会社へのアクセス方法を有するか否かによるもの

• 装具のフォローをしてくれる病院や補装具製作会社の有無(知らない場合もある)と距離が問題になります。更生相談所まで近い、遠い(移動手段や移動費用が問題)で更生用装具の製作の断念を余儀なくされている人がいることも忘れてはなりません。

(コ)    経済力によるもの(移動や立て替え払いなど)

• 年金暮らしなど経済的な問題で不自由を抱える人もおります。遠方の更生相談所まで行こうと考えても福祉タクシーは高額な支払いを必要とするのであきらめたり、地域の病院で治療用装具を製作しようと思っても治療用装具は高額なので一時立て替えが難しかったりと諦める人もおられます。

 これらの一つまたはいくつかの格差が重複することにより、さらに格差の解消が困難になってしまうのです。


3.装具格差を解消するために

 前記のとおり、装具格差につながりうる事柄は多くあり、その一つ一つの理解を深め、かかわる分野の専門家や支援者が手を取り合い、少しずつの改善に向けた取り組みができれば装具格差は解消されると考えております。
 医療や介護従事者の養成校での教育、卒後教育、現場での教育などの機会にこの装具格差について知識を共有していただきたく思います。現場では多職種連携も強化し、見過ごさずに、適切な対応につなげていける地域づくりも大切です。普段からコミュニケーションを図り、補装具製作会社や更生相談所、福祉事務所などに繋げていける関係づくりを行い、補装具製作会社と更生相談所、福祉事務所が連携して、装具使用者の生活を守りましょう。

4.さいごに

 現在起きている装具格差とは、装具を使用する当事者では解消できないものであるにも関わらず周りの無関心により解消されずにいる可能性がございます。基本的な考え方として格差とは解消すべきものであり、経済的に成熟している日本の社会では十分に対応できる内容を含まれていると感じております。当事者の声が必要との意見も時おり耳にしますが、装具を使用する当事者の中には知識の蓄積や共有、手続きの遂行に困難を持っている障がい者も多くおられます。サポートするべき医療や福祉の従事者は、当事者の身になって考え、格差を認識し、解消していくことが必要だと考えます。
 その過程の一つとして障がい者のための福祉制度(更生用装具)に装具使用者がアクセスしやすくするなどが求められるのではないでしょうか。例えば障害者手帳の発行の際に、下肢に障害を有する人には、補装具の制度を分かりやすく説明したパンフレットを渡すことができれば、この制度を知らなかったという障がい者も減らせるかもしれません。補装具製作会社が定期的なメンテナンスを行い、業務として利益を上げられる仕組みを作るのも良いと思います。
 現在、補装具製作会社は利益の確保しにくい(業務に対し見合った収益が見込めない)為、装具のフォローに積極的になれずにおります。ここが解消されれば、競って在宅の分野に参入する企業が増えて、競争原理も働き、より良いサービスの発展が期待できるであろうと考えております。
 障害者権利条約、障害者差別解消法に基づき、装具の再製作や修理の際の手続きの煩雑さやプロセスにかかる時間的な停滞に対し「合理的配慮」のもと装具利用者の生活に支障が出ない仕組みを作り上げていく必要があります。
 外務省発行の障害者権利条約のパンフレットによりますと 『・平等と無差別と合理的配慮』において“条約の第2条(定義)では、障害者の人権と基本的自由を確保するための「必要かつ適当な変更及び調整」であって、「均衡を欠した又は過度の負担を課さないもの」を「合理的配慮」と定義しています。”と記載されております。また、同じ文中には、「合理的配慮の否定」を障害に基づく差別として含むことが明記されております。この素晴らしい内容を装具使用者の生活に活かし、地域における共生を実現していけたら良いと考えております。
 その結果、今回定義した「装具格差」という言葉自体が使用されなくなる社会が訪れると私は信じております。

 私たち株式会社COLABOは、補装具製作会社にできることとして、負担が大きすぎない範囲での移動困難者への自宅訪問、ホームページによる「お困りごと相談フォーム」の設置、装具に貼りつける「装具の製造年月」や「使用制度」「耐用年数」「連絡先」が分かる社名シールの開発、再製作やメンテナンスに対する周知活動などに取り組んでおります。

まだまだ十分とは言えませんが、今後も装具使用者を守り、明るい地域社会を実現するために取り組んでいく所存です。どうかご指導、ご助言など賜りますようよろしくお願い申し上げます 。

執筆者 久米 亮一 株式会社COLABO 代表取締役 義肢装具